大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)112号の2 判決 1974年1月31日
原告 赤坂孝一
被告 住吉税務署長
訴訟代理人 上野至 外七名
主文
被告が昭和三九年一〇月一六日付でした、原告の昭和三八年分所得税につき総所得金額を金七三八、八〇八円とする更正処分のうち、金五二六、四七五円を超える部分、ならびに過少申告加算税金二、一五〇円の賦課決定処分のうち右金五二六、四七五円を超える部分に対応する部分は、いずれもこれを取消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を
被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
被告が昭和三九年一〇月一六日付でした、原告の昭和三八年分所得税につき総所得金額を金七三八、八〇八円とする更正処分、ならびに過少申告加算税金二、一五〇円の賦課決定処分はいずれもこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は肩書地においてクリーニング業を営んでいる者であるが、昭和三八年分所得税について、被告に対し、総所得金額を金四一〇、〇〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和三九年一〇月一六日付で右総所得金額を金七三八、八〇八円とする旨の更正処分および過少申告加算税を金二、一五〇円とする賦課決定処分をした。
原告はこれを不服として異議申立をしたところ棄却されたので、大阪国税局長に対し審査請求をしたがこれも棄却された。
2 しかし、被告のした本件処分には、次のような違法があるからその取消を求める。
(一) 原告は、大阪市住吉区内における零細商工業者の生活と営業を守るために組織された住吉商工連合会の会員であるところ、被告の本件各処分は右連合会の組織破壊を目的とし、そのための手段としてなされたいわゆる「他事考慮」にもとづく処分であつて、違法である。
(二) 原告の売上げに関する帳簿は、持込帳の一月ないし三月分を除く外は、外交帳、三和寮帳が全部そろつており、一月ないし三月分の持込分も一か月の平均を出すことにより、ほぼ実額に近い数字が算出できたし、必要経費についても、当時存在していた各書類によつて明らかであつた。原告は、被告の調査に際して、これらの帳簿を提示して充分協力したにもかかわらず、被告はこれらを誠実に調査せず、持込帳のわずかな不備を奇貨として売上げのすべてを何の根拠もない推計の方法によつて、本件処分をしたものであるから、本件処分は違法である。
(三) 原告の昭和三八年分の総所得金韻は、確定申告のとおりであるから、被告のした本件処分には、原告の所得を過大に認定した違法がある。
二 請求原因に対する被告の答弁
請求原因1の事実を認め、2の主張を争う。
三 被告の主張(本件処分の適法性)
1 いわゆる「他事考慮」の主張について
本件処分は、租税行政の本来の目的の一つである過少申告の是正を目的としてなされたものであるから、何ら他事考慮にもとづくものではない。
2 被告による原告の所得金額の調査
原告の昭和三八年分確定申告書には、その所得金額算出の基礎となる収入金額、必要経費の記入がなく、かつ被告の調査に際して提示された帳簿は、外交帳および持込帳だけで、しかもこれらの帳簿には、昭和三八年三月以前の記帳がなく、経費についても前後を通じ全く記帳がなかつたし、外交帳、持込帳に記帳されていた期間の収入金額は、原告の実働従事員数および大口電灯の使用電力量からみて、収入金額の全てが記帳されていたとは認められなかつたため、被告としては、実額により原告の所得金額を算出することができず、やむなく原告と同種の事業を営む他の納税者の事業実績等にもとずいて所得金額を推計したところ、原告の確定申告額と相違したので、本件処分をしたのである。したがつて被告のした本件処分には原告主張のような違法はない。
3 原告の所得金額
原告の総所得金額(事業所得金額)は、次の(一)、(二)のとおり推計されるので、この範囲内でなされた本件処分に違法はない。
(一) 実働従事員一人当りの平均収入金額による推計
(1) 原告の所得金額は、次のとおり金八六八、八四五円と推計される。
(イ) 計算の基礎となる数値
a 実働従事員一人当りの平均収入金額 五九三、〇〇〇円
b 平均所得率 〇・六二一九
c 実働従事員数 二・六人
d 特別経費(雇人費) 九〇、〇〇〇円
(ロ) 算式
c×a×b-d=868.845(円)
(2) 計算の基礎となる数値の説明、
(イ) 大阪国税局長において大阪国税局管内の全税務署八三署のうち、大蔵省組織規定上、被告税務署と同じく種別「A」とされている税務署四三署管内におけるクリーニング業者の昭和三八年分所得内容の実額調査を行つた事例について、収入金額、実働従事員数および所得率を収集した結果、およびこれにより右a・bの実調率を算出した過程は別表<省略>のとおりである。同表の事例は、青色申告者については、実地調査を、白色申告者については収支実額調査を行なつたもののうち、年の中途で開廃業したものや、他の業種に属する事業を兼業しているもので、兼業と本業のクリーニング業とを区分計算できないものなど特殊事情を有する納税者を除外し、その余の全部を収集したものである。そして右実調率は、「A」級税務署管内における個人営業のクリーニング業者に関する平均値であるから、多数のクリーニング業者の地域、営業規模の多様性、従事員の能力差等の個別的特性が包摂されたうえで平均化され、右a・bの実調率の数値の中に抽象化されている。
(ロ) 原告の従事員は、原告夫婦のほか、昭和三八年四月に一人を雇入れたから、五月以降就労したものとして年間に換算すると、左記のとおり、原告の事業従事員数は二・六人となる。
2+1×(8/12)=2.6(人)
(二) 原告の電力使用量を基礎とした推計
(1) 原告が昭和三八年中において、クリーニングの仕上げに使用していた電気アイロンのスイツチは、一・三キロワツトと〇・六五キロワツトの二段式になつており、前者で使用するのは、電気アイロンが適温になるまでの最初の三分間程度とその後使用中に電気アイロンの温度が下つた場合だけであり、それ以外は後者で使用する。平均すれば、クリーニングの仕上工程において、電気アイロンを一時間使用するのに要する電力量は一キロワツト時である。
(2) 原告が昭和三八年中に使用した大口電灯使用電力量は左記内訳のとおり計四、六八五キロワツト時である。
使用区分
使用電力量
(キロワット時)
摘要
<1>家事使用分
一、二〇八
<2>事業使用分
(扇風機用)
一〇八
原告申立どおり
<3>(外灰用)
三六五
〃
<4>(照明昼間用)
一四六
〃
<5>(照明夜間用)
一八三
原告申立は三六五キロワット時
<6>(電気アイロン用)
二、六七五
<7>合計
四、六八五
(イ) 右の<1>の家事使用電力量は、関西電力株式会社が昭和三八年四月一日より昭和三九年三月三一日までの期間に大阪府下に供給した従量電灯使用総電力量一、五八七、二八五メガワツト時を、昭和三九年三月三一日現在の従量電灯契約口数一、三一四、七一七口により除して得た。従量電灯一口当り平均使用電力量一、二〇八キロワツト時によつた。
算式
従量電灯使用総電力量 従量電灯契約口数 従量電灯1口当たり平均使用電力量
1,587,285メガワツト時÷1,314,717口 = 1,208キロワツト
(ロ) <5>の事業使用電力量(照明夜間用)は、原告が申立てた夜間電灯使用量三六五キロワツト時のうち五割を事業に供したものと認定して一八三キロワツト時と算定した。
(ハ) <6>の事業使用電力量.(電気アイロン用)は、使用総電力量四、八六五キロワツト時より<1>から<5>までの使用電力量の合計二、〇一〇キルワツト時を控除した二、六七五キロワツト時である。
(3) 電気アイロンによつて仕上げできる一〇時間当りの品目別仕上げ数量は、次のとおりである。
品目
一〇時間当り仕上げ数量
カツターシヤツ
八〇
背広上下
二五
背広上衣
四〇
ズボン
六〇
オーバ
二五
(4) 右の仕上げ一〇時間当り品目別仕上数量に原告の品目別のクリーニング料金単価を乗ずると、仕上げ一〇時間当りの品目別収入金額を得ることができる。
品目
一〇時間当り仕上数量<1>
単価<2>
収入金額<1>×<2>
カツターシヤツ
八〇
四五円
三、六〇〇円
背広上下
二五
四〇〇円
一〇、〇〇〇円
背広上衣
四〇
二五〇円
一〇、〇〇〇円
ズボン
六〇
一五〇円
九、〇〇〇円
オーバ
二五
五〇〇円
一二、五〇〇円
その他
六、九八七円
右のうちその他の収入金額六、九八七円は、カツターシャツの収入金額三、六〇〇円と背広上下、背広上衣、ズボンおよびオーバの平均収入金額一〇、三七五円とを平均した金額である。
(5) ところで、原告から提示のあつた外交帳および持込帳に記載されていた期間のうち、クリーニングの取扱い商品の構成割合が平均している,月は通常二月である。
その一一月の持込帳における品目別収入金額およびその構成割合は次のとおりであつた。
品目
収入金額
構成割合
カツターシヤツ
八、一四五円
二八・二八%
背広上下
二、八〇〇円
九・七二%
背広上衣
一、〇〇〇円
三・四七%
ズボン
三、六〇〇円
一二・五〇%
オーバ
二、〇〇〇円
六・九四%
その他
一一、二六〇円
三九・〇九%
合計
二八、八〇五円
一〇〇・〇〇%
原告の取扱商品の構成割合が平均している月が、通常一一月であることの根拠は、次のとおりである。
即ち仕事の多いのは、四、五、六月と一〇月であるが、これは衣更えの時季だからであり、七、八、九月は白物が多く、何れにしても、取扱商品が偏る。また、一、二、三月は、一番仕事が少いのみならず、原告の記帳がなかつたし、一二月は、年末で多少異常であるから、結局残るのは、一一月のみとなる。
(6) (4) で述べた仕上げ一〇時間当り品目別収入金額に(5) の品目別構成割合を乗じて、夫々の金額を合計すると、左記のとおり原告の仕上げ一〇時間当りの収入金額七、〇六〇円七九銭が得られる。
品目
一〇時間当り収入金額
構成割合
収入金額
カツターシヤツ
三、六〇〇円
二八・二八%
一、〇一八円〇八銭
背広上下
一〇、〇〇〇円
九・七二%
九七二円
背広上衣
一〇、〇〇〇円
三・四七%
三四七円
ズボン
九、〇〇〇円
一二・五〇%
一、一二五円
オーバ
一二、五〇〇円
六・九四%
八六七円五〇銭
その他
六、九八七円
三九・〇九%
二、七三一円二一銭
合計
一〇〇・〇〇%
七、〇六〇円七九銭
(7) 原告の電気アイロンの一時間当り使用電力量は、一キロワツト時、電気アイロンの年間使用電力量は、二、六七五キロワツト時であるかち、原告の昭和三八年分の収入金額は次のとおり金一、八八八、七六一円となる。
算式
電気アイロンの年間使用電力量 使用電力1キロワツト時当りの収入金額 収入金額
2,675キロワツト時 × 7,060円79銭(10キロワツト時) = 1,888,761円
(8) (7) の昭和三八年分の収入金額一、八八八、七六一円に(一)、(1) 、(イ)、bの平均所得率〇・六二一九を乗じ、更に雇人費九〇、〇〇〇円を控除すれば、原告の昭和三八年分の所得金額は、金一、〇八四、六二〇円と算定される。
昭和38年分の収入金額 平均所得率 雇人費 所得金額
1,888,761円 × 0.6219 - 90,000円 = 1,084,620円
(9) 原告の使用電力総量の中、電気アイロン使用分は、左記の方法によつて算定すれば、二六四一・四キロワツト時である。
(イ) 使用電力総量 四六八五・〇キロワツト時
(ロ) 電気アイロン以外用(家事用) 二〇四三・六〃
テレビ 一八九・八〃
(一三〇W×四時間×三六五日)
電気釜 一四六・〇〃
(六〇〇W×二〇分×二回×三六五日)
コタツ 三二〇・〇〃
(四〇〇W×1〇時間×(1/2)×一六〇日)
アンカ 一二八・〇〃
トースター 三〇・〇〃
(六〇〇W×一〇分×三〇〇日)
冷蔵庫 一八〇・〇〃
電灯(昼) 一四六・〇〃
電灯(夜) 三六五・〇〃
外灯 三六五・〇〃
扇風機 一〇〇・八〃
バーナー 七三・〇〃
(ハ) 電気アイロン用((イ)-(ロ)) 二六四一・四〃
右(ハ)の電力使用量を基礎として、原告の所得を算定しても、本件更正所得額を上まわることが明らかである。
(三) 右(二)の主張が許されないとする原告の主張に対する反論
(1) 課税処分取消訴訟における審理の対象は、当該処分により認定された課税標準および税額が客観的に存在するか否かであるから、被告は口頭弁論終結に至るまで、これを根拠づけるすべての資料とそれによる認識判断を主張立証することができるし、またこのことは、新たな更正処分をなすこととは全く異なるから、国税通則法七〇条、七二条とは無関係である。
(2) 右(二)の主張は、原告の使用電力量という原告自身の関知する事項にもとずくものであり、その立証方法の一つである原処分担当者の証人尋問は、(一)の主張の立証と合せて行うことができたし、右(二)の主張がなされるまでの原告側の事情による訴訟の遅延状況に鑑みると、右主張をもつて時機に遅れた防禦方法ということはできない。
四 被告の主張3(所得の推計)に対する原告の答弁
1 実働従事員一人当りの平均収入金額による推計について
(一) 特別経費を認め、その余を争う。
(二) 被告の右推計方法は、次の理由により不合理である。
(1) 推計の基礎となつた別表<省略>の同業者五六例の地理的条件、事業の規模が、原告のそれと如何に類似しているか全く不明であるから、これらの平均値をもつて原告にあてはめることはできない。
(2) 被告は、従事員一人当りの平均収入金額を割り出すにあたり、これらの労働力の内容およびその提供の形態などを全く無視し、その数だけを問題としているから、得られた平均収入金額には合理性がない。
また被告は、原告の妻および昭和三八年四月から原告方に雇入れた室永吉一をいずれも一人前の従事員として推計の基礎としているが、昭和三八年中に原告の事業に従事していたのは実質的には原告一人であり、原告の妻は小さい子供を二人もかかえていたため、仕事に従事することができなかつたし、室永は、年少でかつ素人であるため、原告の仕事にはほとんど役にたたない状態であつたから、この二人を一人前の従事員と評価するのは誤りである。
2 使用電力量による推計について
(一) 右主張は次の理由により違法である。
(1) 被告は、本件更正処分を従事員数を基礎とする推計により所得を算出して行つたのであるから、本件訴訟においてこれとは別の推計方法によつてその処分の正当性を主張することは許されない。なぜなら、行政訴訟においては、行政処分の結論だけでなく、その根拠および結論に至る過程も審判の対象となるから、処分権者はその処分をなすに至つた理由に拘束され、これを変更することはできないのであり、また本件処分の理由とならなかつた理由をもつてその正当性を主張することは、新たな更正処分をするのと同様であるから、国税通則法七〇条、七三条により右主張は許されない。
(2) 右推計方法は時機に遅れた防禦方法であるから、民事訴訟法一三九条一項により却下を求める。
(二) 右推計方法は次の理由により合理性を有しない。
(1) 被告主張の事業用使用電力量について。
被告は、一世帯に従量電灯一口があると仮定しているが、この仮定自体合理性がないのみならず、大阪府の昭和三八年一〇月現在の一世帯の平均家族構成は三・九四人であるのに対し、原告の家族構成は五人であるうえ、普通のサラリーン家庭と異なり、原告のように自宅と事業所が兼用されている場合には、当然家庭用電力の使用は多いものと考えられるが、これらの事情を考慮しないで、大阪府下の従量電灯一口の一年間の平均使用電力量を算出して、これを原告の一年間の家事使用分の使用電力量とみなすことはできない。
(2) 被告主張の一〇時間当りの品目別収入金額は、原告の取扱い商品の構成割合が平均している月が一一月であることを前提としているが、この前提自体全く根拠がないうえ、原告が、三和寮で料金の割引を行つていることを全く考慮にいれていないので一層実態からかけ離れたものとなつている。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1の事実(本件処分の経過)は当事者間に争いがない。
二 原告の他事考慮の主張について。
<証拠省略>を総合すると、原告は、大阪市住吉区内の零細商工業者によつて組織された住吉商工連合会の会員であること、昭和三八年ごろから、大阪国税局およびその管内の税務署と民主商工会との間に、集団申告の是非、税務調査の方法の当否、民主商工会会員の税務妨害の有無をめぐつて対立状態にあり、被告と住吉商工連合会との間においても同様の状態であつたこと、昭和三八年度には、住吉商工連合会会員に対する更正決定が増加し、会員の中には退会する者もいたこと、以上の事実が認められるが、これらの事実からだけでは、本件処分が住吉商工連合会の組織破壊を目的とし、そのための手段としてなされたということはできないし、他にそのような事実を認むべき証拠は存しない。
三 被告による税務調査について。
<証拠省略>によれば、昭和三九年六月ごろ、被告係官の林田至啓が原告方を訪れ、原告の昭和三八年分の所得に関する税務調査を行い、原告から同年分の外交帳、持込帳、三和銀行寮に対する外交帳の提示を受けたが、持込帳については、一月から三月分までが欠けており、経費については、電気料金の領収書の一部しか示されなかつたこと、原告方の使用電力量から推計される収入金額と提示を受けた帳簿による収入金額とを比較すると後者が相当過少であつたこと、したがつて被告としては、実額により原告の所得を把握できなかつたので、原告と同種の事業を営む他の納税者の事業実績等にもとづいて原告の所得金額を推計したところ、原告の確定申告額と相違したので本件処分をしたこと、以上の事実が認められる。
国税通則法二四条によれば、更正処分を行う場合には、課税標準および税額についての調査がなされることが前提とされているから、更正処分がなんらの調査をすることなくして行なわれたり、或いは形式的に調査をした形をとりながら実質的には調査をしていないような場合においては、その更正処分は手続上違法となるといわねばならないが、右認定事実によれば、本件更正前被告において調査を行つたことが明らかであり、しかもその調査の方法、程度、内容につき本件処分自体を違法ならしめるほどの瑕疵があつたと認めることはできない(本件において係争年分の帳簿類が証拠として提出されておらず、その正確性について心証を得ることができないから、本件処分が総収入金額について原告から提出された帳簿類を一切考慮しない推計方法によつたことをもつて一概に違法と断定することはできない)。
四 そこで以下において、本件処分が実体的に違法かどうかの点、即ち、本件処分が原告の所得を過大に認定した違法があるかどうかの点について検討を加える。
1 <証拠省略>によれば、原告は、本件処分に対する審査請求において、本件係争年度の所得金額を金四七九、六〇〇円と主張したことが認められるところ、<証拠省略>によれば、原告は、総収入金額については持込帳、外交帳、三和寮帳により(ただし持込帳の一月から三月までの欠けている部分については、記帳されているその余の月から一か月平均の売上げを算出して補充)、必要経費については被告から教示を受けた所得率〇・六四により算出したものであるが、本件審査請求が棄却された後、前示の帳簿を焼き棄ててしまつたことが認められ、本訴においてこれら帳簿が提出されていないので、原告が審査請求において主張した所得金額あるいは確定申告の金額が正当かどうかを原始記録ないし帳簿により確認するすべが全くないわけであり、したがつて原告の所得を実額で把握することができず、推計によつてこれを確定するほかないことになる。
2 被告は原告の所得の推計方法として実働従事員一人当りの平均収入金額による推計と、原告の電力使用量を基礎とした推計の二つを主張し、原告は、後者の推計方法は、違法である旨主張するのでまずこの点について検討する。
(一) 原告は右推計方法が、本件更正処分時に被告が採つた推計方法と異るから、これを主張することができないと主張するが、課税処分取消訴訟において、処分の実体的違法が争われている場合に、審判の対象となるのは租税債務そのものの存否であるから、これを根拠づけるための資料は、処分当時判明していたものであると否とを問わず、時機に遅れたものでない限り、たとえ訴訟係属後であつてもこれを証拠として提出し、これに基づく主張をすることができるし、またこのことは、新たな更正処分をなすこととは全く異なるから、国税通則法七〇条、七二条とは無関係である。したがつて、被告の右推計方法の主張自体を違法ということはできない。
(二) また原告は、右推計方法の主張は時機に遅れた防禦方法であるというが、右推計方法は、昭和四五年七月九日の第二五回口頭弁論期日において主張されたものであり、それまでの原告側の都合による口頭弁論の延期七回、原告不出頭による休止二回という訴訟の進行状態に鑑みると、右主張をもつて被告が故意または重大な過失によつて時機に後れて提出した防禦方法ということはできない。
3 以上のとおり原告の電力使用量を基礎とした推計方法の主張自体をもつて違法ということはできないが、この推計方法は次の理由によつて採用できない。
被告の主張3(二)(5) において、被告は、持込帳の一一月分に記帳されている品目が、原告の一年間の取扱い商品の構成割合を示しているという前提をとつているが、本件に表われた一切の資料によつても、このような前提を合理的なものとして是認できる証拠は見出し難いし、また一年間の取扱い商品の構成割合を認めるに足りる証拠は存在しない。
被告の主張3(二)、(2) (イ)、において被告は、原告の家事使用電力量を関西電力の従量電灯一口当りの平均使用電力量と同量と推定しているが、<証拠省略>によれば、大阪府の昭和三八年一〇月一日現在の一世帯の平均家族構成は三・九四人であるのに対し、<証拠省略>によれば係争年度の原告の家族構成は五人であり、また原告方はバラツク建のため、暖房には石油ストーブを使用できず、電気に依存していたという事情が認められるから、これらの特殊事情を考慮しない右推定は不合理であるといわざるをえない。
<証拠省略>には、原告方における電気アイロン以外の電力使用量が記載されているが、<証拠省略>によれば、これらは、原告の記憶にもとずき、原告自身の推定を記載したものであつて、そのうちのテレビ(原告は二五〇ワツトと主張しているが、<証拠省略>によれば一三〇ワツトと認められる)、電気釜、トースター等の使用電力量は、過大に過ぎるようにも思われ、全体として根拠に乏しいといわざるをえない。他方、原告の電気アイロン使用電力量を的確に把握できるような証拠は存在しない。
以上に述べたとおり、原告の電力使用量を基礎とした推計方法は、その基礎となる数値が不確定であるから、これを採用することができない。
4 そこで次に実働従事員一人当りの平均収入金額による推計の当否を検討する。
<証拠省略>を総合すると、大阪国税局長において大阪国税局管内の全税務署八三署のうち、大蔵省組織規定上被告税務署と同様種別「A」とされている税務署四三署管内におけるクリーニング業者の、昭和三八年分所得内容の実額調査を行つた事例(青色申告者については、実地調査を、白色申告者については収支実額調査を行つたもののうち、年の中途で開廃業した者、他の業種に属する事業を兼業している者で、兼業と本業のクリーニング業とを区分計算できないものなど特殊事情を有する納税者を除外し、その余の全部を収集したもの)について、収入金額、実働従事員数および所得率を収集した結果は別表<省略>のとおりであり、これにもとづき実働従事員一人当りの平均収入金額および平均所得率を算定すると、前者は五九三、〇〇〇円、後者は〇・六二一九となる。そしてこれらの実調率は、前示の資料収集の方法に鑑みると、多数のクリーニング業者の地域、営業規模の多様性等の個別的特性は、包摂され、平均化されているとみることができるし、また別表を検討すると従事員数と所得金額との間に平行関係が認められない訳ではないから、右実調率を適用して原告の所得を推計することには一応合理性があるということができる。
ところで、右従事員一人当りの平均収入金額により、所得を推計する場合においては、従事員数が多ければ多いほど、従事員の能力差による誤差は平均化され、推計によつて得られた所得と実所得との誤差の割合が小さくなるといいうるが、一方従事員数が少くなれば、それだけ従事員の能力差による誤差が表面化し推計によつて得られた所得と実所得との誤差の割合が拡大する可能性を否定することができない。
<証拠省略>によれば、係争年度において、原告の事業に従事していたのは、原告本人のほかには原告の妻と四月から見習いとして入つた中学校卒業直後の室永吉一であつたから、被告主張のように従事員の能力を考慮せず従事期間のみを考慮するならば、原告方における従事員は二・七五人となる(2+1×(9/12)=2.75)。ところがその従事員数は、実調率の基礎となつた同業者の従事員数に比して最低であるから、実働従事員一人当りの平均収入金額により原告の所得を算定する場合には、前説示のとおり、従事員の能力差による誤差が大きくなる可能性、即ち、後記のとおり原告の妻と室永の能力が低いにもかかわらず、所得が過大に算定される結果となる可能性を否定することができない。したがつて本件において、この誤差の可能性を払拭するためには、原告方の従,事員数を算定するにあたり、原告の妻と室永の能力を考慮すべきである。
<証拠省略>によれば、原告の妻は当時二才と三才の子供の面倒をみなければならず、原告の事業に充分寄与できる状態ではなかつたし、中学校を卒業して見習として原告方に入つた室永も到底一人前の仕事をしうる状態ではなかつたことが認められる。これらの事情を考慮すると原告の妻と室永の能力はせいぜい通常の従事員の二分の一と認めるのが相当である。したがつて原告方の従業員数は次のとおり一・八七五人となる。
1(人)+1(人)×(1/2)+1(人)×(9/12)×(1/2)=1.875(人)
(二) 以上により原告の所得を算定すると次のとおり金五二六、四七五円となる。
(1) 計算の基礎となる数値
a 実働従事員一人当りの平均収入金額 五九三、〇〇〇円
b 平均所得率 〇・六二一九
c 実働従事員数 一・八七五人
d 雇人費 九〇、〇〇〇円
e 原告の妻の専従者控除額 七五、〇〇〇円
(旧所得税法一一条の二、三項(昭和三九年法律第二〇号による改正前のもの))
(2)算式
c×a×b-(d+e)= 526,475円
5 よつて原告の本訴請求は、本件更正処分のうち総所得金額五二六、四七五円を超える部分の取消、ならびに右超過部分に対応する過少申告加算税の賦課処分の取消を求める部分に限り正当として認容し、その余の部分を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官下出義明 藤井正雄 石井彦壽)
別表<省略>